JALホノルルマラソン2006

この霜月仲冬、去る12月8日から友人たちと一緒に
JALホノルルマラソンに行ってきました!!
えぇ、あの「42.195km」ってやつです。

ロクにランニングもしないままの、強行参戦。

トレーニングらしいトレーニングと言えば
ちょっと遠くまで徒歩で行ったことくらい。

自宅から「羽田空港」往復
自宅から「丸子橋 ─ 二子玉川 ─ 和泉多摩川」往復
自宅から「みなとみらい21」片道

どれも、道路標識から換算して27~30km程度の距離。

唯一、科学(=お金?)の力に頼って
通気性のいいランニングTシャツ、CW-Xのサポートギアに
身を包む努力は怠りませんでした。

見た目だけでは、かなり強そうな出で立ちです。

…で。

結果から言えば、何とか無事に完走できましたっ!!

と言うより仲冬の場合
「完走」と言うより「完歩」が正しい表現です。

順位は、かなり後ろの方。8時間半以上かかっています。


          *


《スタートまで》
当日の朝4時(日本時間23時)過ぎ、
各ホテルから参加者がスタート地点に向かって、ぞろぞろと。

旅行会社を通して参加した人は、その旅行会社の「幟」を
目印に列をなして。

仲冬たちも旅行会社経由での参戦ですが
個別にスタート地点に向かうことにしました。

この時点では、なんだか神社のお祭りに来た気分。
実際に車道を封鎖して、みんなぞろぞろ歩いていました。

仲冬のテンションも、やや上昇。


《スタート地点》
やがてスタート地点に到着。
自分の目標タイム順に前から並んでいました。

仲冬たちは、気分だけ強気に5時間エリアへ。

朝5時(日本時間24時)のスタート時間が近づくにつれ
スタート地点も混み合ってきました。

思い思いにストレッチする人、筋肉のスプレーをかける人など
見かけるにつれ、だんだん「あぁ、これから走るんだな」と実感。


《スタート!!》
そしてスタート!
ホノルルマラソン名物(?)のスタート花火が
夜空に華を咲かせ、周りの参加者たちから歓声が。

もちろん仲冬も「おおーーっ!!」と声を挙げてました。

で、しばらく待機。

先の参加者たちが進まずに、渋滞しています。
……だいたい15分くらいかかったでしょうか。

いよいよ仲冬も、スタートラインを踏みました!!

靴ひもに結わえた「チャンピオンチップ」によって
参加者全員、正確な時間を測定できるので
スタートラインまで何分遅れても問題ありません。


《スタート直後》
スタート地点で一緒にいた友人たちとはぐれました(笑)

…というか、仲冬だけペースを抑えて走りました。

やっぱりマラソン、自分のペースで行かないと、と
自分に言い聞かせて。

で、5時間エリアからスタートした仲冬は
右から左から、ぞくぞくと他のランナーに追い抜かれました。

しかし、そこで「自分のペースを崩しちゃいけない!」と
何度も言い聞かせて、しばらく走り続けることに。


《3マイル(4.8キロ)》
最初は人混みが激しくて、走りながら人を避けることも
大変でしたが、この辺りまで来ると、ややまばらに。

で、この辺りで
仲冬、お手洗いに行きたくなってしまいました…。

しばらく走ると道の脇に仮設トイレがあり
その長蛇の列に加わった仲冬。

どんどん走っていくランナー達を横目に
しばらく待ちましたが…あまりに時間がかかるので
その仮設トイレは諦めました。ここで10分のロス。

その先、ルートとしてはスタート地点に戻ってくるのですが
そのスタート地点の公園に、たくさんの仮設トイレがありました!

「最初からここにすればよかった…」

数分並んだだけで心機一転、再始動。


《6マイル(9.6キロ)》
「つっ……!?」
この辺りで、左ヒザに刺すような痛みが走りました!

体力、気力ともに充分、余裕があったのですが
走ることを止めて、徒歩に切り替えました。

少々痛むとは言え、まだまだ歩くこと自体は
問題ありませんでした。

……しかし、これ以降、何度か再び走ろうとしましたが
フィニッシュするまで2度と走ることはできませんでした。

残り20マイル、30キロ以上──

痛みの残る左足を気にかけながらの、地獄の始まりでした。


《8マイル(12.8キロ)》
有名なダイヤモンドヘッド。
それをぐるっと回るように続く道(上り坂)です。

1本の道路で、往路と復路がロープによって区切られていました。

そのロープを持ってくれているのが、たぶん地元のボランティア。
「グッモーニン!」「グッジョブ!」等々、声をかけてくれます。

この辺りになると、ついに左足を軽く引きずり始めた仲冬。

しかし上半身は極めて元気で、声をかけてくれた人に
「ぐっもーにん!」「さんきゅー!」と答えていました(笑)

…そんな中。

遙か前方の復路に、バイクが見えました。

「…?」と訝しむ仲冬を含むランナー達の耳に
次の瞬間、前の方から歓声が届きました。

やがて、前方から徐々に押し寄せた波に
のまれるように、仲冬も拍手と歓声を思い切り挙げました!

何と、1位のランナー(黒人の選手でした)が
もう帰ってきたのです!

「うぉーー!? すげぇーーー!!」

あっという間に仲冬たちの横を通り過ぎた
選手は、あり得ない速さ。

世界のトップレベルを、肌で感じた瞬間。

それからも、復路に次々とランナーがやって来ては
拍手と歓声を繰り返していました。


《9~10マイル(14.4~16キロ)》
この辺りは、山裾に広がる閑静な住宅街といった雰囲気。
眺めも良くて、気持ちいいエリア。

しかし、その気持ちよさに反比例するかのように
左ヒザの痛みは、その度合いを増してきました。

アップダウンのあるエリアでもあり、
足に負担がかかる下り坂が、特に厳しかったです。

自分でも、顔が痛みで歪み始めたのがわかりました。

この頃から、給水所で水を受け取っては
左ヒザにバシャッとぶっかけて痛みを和らげようと
試み始めました。

で。

この辺りにあった仮設トイレに再び行きました。

給水所毎に水分を補給するので
意外とトイレに行く回数が多いことが判明しました。

この仮設トイレもまた長蛇の列。
およそ20分くらい並んでいました…。


《11マイル~15マイル(17.6キロ~24キロ)》
ここから、ハイウェイ(高速道路)片道を完全封鎖したコース。

左足を引きずっていた仲冬にとっては、アップダウンのない
救いのエリアでもありました。

そして仲冬がこのエリアに到着する頃
復路にも、数多くのランナー達の姿が見られました。

スタート直後にはぐれた友人たちはいないかな?と
復路を気にするだけの余裕もありました。

しかし。

13マイル(20.8キロ)を少し過ぎた辺りで
ちょうど「半分」の標識を見かけると

「あと半分、(この左足で)行けるかな…」

と、脳裏に不安が過ぎりました。

すでに左足のシューズは水でグショグショ。
悲鳴を上げる左足をダマしダマしての行軍が続きます。

脳内ミュージックプレーヤーが、樋口了一の
『1/6の夢旅人2002』をエンドレスリピートさせたのも
この辺りでした。


《18マイル~22マイル(28.8キロ~35.2キロ)》
痛みに耐えての行軍が、ひたすら続いて到着した18マイル地点。

噂に聞く“魔の30キロ・35キロ”に備えて
ウェストポーチに入れていたサプリメント食品を頬ばりました。

おかげで“魔の30キロ・35キロ”とは何なのか
全くわからないまま、通過することができました。

とは言え引きずっている左ヒザの悲鳴も、金切り声に近い感じ。
車道と歩道の、わずかな段差を上がることすらできません。

そしていよいよ、真っ直ぐに歩くことすら
覚束なくなっていました。


左足を引きずるので、右にずれてしまう感じ。

日陰を求めて、他の人たちは道の左側にいたのですが
仲冬だけ道の右側を彷徨い、日差しをさんざんに浴びての行軍。

右足はまったくもって快調だったのですが。。


《23マイル(36.8キロ)》
道路の脇に並んで応援してくれる人たちが
「もう少し!もう少し!」と言い始めるエリア。

足を引きずり始めたあたりでは
1マイルあたり15分だったペースでしたが
この辺りでは1マイルあたり25分かかるペースに。

普通に歩いているランナーにも
どんどん抜かれていくほど、圧倒的な遅さです。


《24マイル~25マイル(38.4キロ~40キロ)》
ダイヤモンドヘッドに戻ってきた辺り。
上り坂がずっと続くエリアです。

もう、この辺りに来ると精神力の世界。

半分地点(13マイル)辺りで挫けそうになった自分が
ここまで来ることができたのだから、と
自らを励ましていると…

猛烈に涙が出てきました。

自分でも「何? 何で泣いてんの?おれ…」と戸惑ったほど。
しかし、涙が止まりません。

必死に涙を拭って「まだ早い、まだ早い」と念じる仲冬。
何とか止まりました。

今にして思うと、かなりの極限状態で
脳内麻薬が出まくりだったのかなと。

25マイルが過ぎ、極限の痛みに
耐えながら坂を下りると、いよいよゴール間近です!


《フィニッシュ(42.195キロ)》
足を引きずり、ゴール地点の公園にやってきた仲冬。

最後の直線に入った向こうに
「FINISH」と書かれたゲートが見えた途端…
いよいよ万感胸に迫るものがありました。

コース脇の人たちも
「もうゴール!あとちょっと!最後最後っ!!」などなど
声をかけてくれ、涙をこらえるのにも必死。

うっすら目に涙を浮かべたまま
最後の力で少しだけペースを上げて…

フィニッシュライン通過!!!



……直前まで浮かべていた涙も、どこへやら。

一人で大泣きするかも、と思っていたのですが
緊張の糸が切れたと言うか。

頭の中が、真っ白になったような感じ。

感動よりも、安堵の方が強かったのかもしれません。


先にフィニッシュしていた友人たちとも合流し、
栄光の完走メダルと完走Tシャツを手に入れた仲冬。





「FINISHER」(完走者)と書かれたTシャツを
眺めていると「あぁ、おれも完走したんだな」と
ようやく実感が湧いてきました。


          *


しばらく休憩の後、旅行会社のバスに揺られて
ホテルに戻ることになりました。

車道と歩道の段差、そしてバス乗車口の階段などなど
顔を歪ませながらの帰路。
バリアフリーの大切さが、身に沁みます。

ホテルに着いて、「FINISHER」Tシャツに
着替えてから街へ繰り出した仲冬たち。

現地の人たちも心得たもので、このTシャツを着ていると
ホテルの中やらお店やら、色々声をかけられました。

仲冬は左足を引きずっての街歩きでしたが
横断歩道を渡ろうとすると、車が親切にもずっと待ってくれました!
気持ちよく笑いながら、運転席から手を振って…。

「FINISHER」Tシャツを着て
足を引きずっている日本人──

仲冬のような姿は、ホノルルの至る所で見かけられたのでしょう。


          *


仲冬にとって、おそらく最初で最後のフルマラソン参戦。
一生、語れるネタが一つ増えました。

ランニングウオッチに記録された、1マイル毎の
ラップタイムも貴重な宝物です。

とは言え──

「もう一度走るか?」と訊かれたら
仲冬は即座に「もういい」と答えるでしょう(笑)


【この刹那の一曲:樋口了一 『1/6の夢旅人2002』

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この記事へのコメント

じゃわ
2006年12月30日 00:09
シカゴとかニューヨークとかマラソンがございます。
ぬるく宮古島ハーフという企画も(笑
こんばんは~
すごい体験です!
完走するだけでも大変でしょう。その上、そんな痛みに耐えて完走するなんて。立派!素敵!

お医者様には診ていただきました?
あとあとにひびかないと良いですけれど。
卯月
2006年12月31日 04:50
仲冬さん、マラソン完走おめでとうございます!!

口でおっしゃるほど簡単な事柄ではなかったと思います。
よく最後まで諦めずに頑張りましたね。
あまりトレーニングもなさらずに参加なさった無謀さもさることながら、あきらめなかったその根性に対しては敬意を表したいと思います。
膝の様態はその後大丈夫なのでしょうか?

少なくとも、思ったよりもお元気であることがわかり大いに安心しました。
仲冬さん、どうか良いお年をお迎えくださいね!
みのり
2007年01月01日 00:35
どっしぇー!!たまげましたよー!
恐るべし、細身の仲冬(爆)。
徒歩であちこち出かけている基礎体力が物を言ったイベントでしたね。
お正月、ゆっくり養生なさってください。
私は先日神楽坂から日本橋まで歩いて満足しとります(。
今年は門前仲町まで、が目標です(笑)。
スナフキン
2007年03月07日 09:37
うぉおぉぉおおぉ!!!

すごいです仲冬さん!!!

そして久しぶりですw;;

またちょくちょくくるかもしれませんw

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